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巻頭言

  古都秋篠寺からの便り 校長 高橋一成

 今年の五月中旬、大阪同窓会支部の総会にお邪魔した翌日、秋田に戻るまで少し時間的余裕があったので、ぶらり奈良まで足を伸ばしてみた。お目当ては、勿論秋篠寺の伎芸天である。

 桓武天皇ゆかりの寺で、静寂な雑木林に残る苔むした東塔跡の礎石が、西大寺と争った頃のかつての寺院の盛観を偲ばせる。全体的に純和風で天平の遺風を漂わせる貴重な建物で、白砂敷の前庭の奥に建つ国宝である本堂内の左側に、それは安置されている。

 堂内の床は土間で、自然石の礎石に入側柱がどっしりと立っている。薄暗く、古代の空気が、広い空間に溢れている。伎芸天の頭部は奈良時代、体部は鎌倉時代に木造で補作されたものといわれているが、まったく違和感はなく、自然に融合している様子である。首をほんの少し左へ傾け、静かに耳を澄ましている風情と、今にも前に歩み出そうとしている芸の女神(ミューズ)の仕草は、実に優雅で、見る者を魅了してやまない。

 私自身はもう二十数年来のファンで、書斎の正面の壁には額に入れた写真を飾っているし、奈良を訪れた時には必ず再会することにしている。歌人の川田順の文学碑にも「諸々のみ仏の中の 伎芸天 何のえにしぞ われを見たまふ」と刻まれているくらい多くの人々に慕われている。

 この度も人の気配がない中で、一時間近くぼんやりして眺めていた。突然十人近くの団体の喧騒に我に返ったが、本当に至福の一時であったと思っている。二年ぶりの再会に名残を惜しみながら、ふと目にしたのが、出口に無造作に置いてあった『雑宝蔵経』の抜文の冊子である。何気無しに手にしてひもといてみると、『無財の七施』といって、普段、心に止めていることを見事にまとめてあったのでここに紹介し、生徒諸君の一助となることを願ってやまない。

 それは、人が人間としてこの世に生を受けて誕生してきたからには、いかに財力がなく貧乏であっても、他人に対して、少なくても『七つの施し』をしなければならないというのである。

  一、眼施(げんせ)…慈愛に満ちた明るく優しい目

  二、和顔悦色施(わがんえつじきせ)…穏やかでにこやかな笑顔

  三、言辞施(げんじせ)…思い遣りのある丁寧な言葉

  四、身施(しんせ)…清楚な身だしなみと労力の提供

  五、心施(しんせ)…慈しみ思いやる心

  六、牀座施(しょうざせ)…自分の占める席を譲る心

  七、房舎施(ぼうしゃせ)…住居を清潔にし、いつでも丁重に接待できる心

 ここに挙げられている七施は、人間であれば、いつでも、どこでも、誰でもができる施しであるといわれている。このような施しやまた実践されている人に接した時、我々の心情は穏やかに和み、静寂さと豊かさを持つことができる。このことを、確かニーチェは「贈る徳」といい、ルソーは「美しき魂」と呼んでいたように思う。

 現代の人々が、あまりにも物質的豊かさや安楽に隷属してしまった心身から自由になるためにも、人間として当たり前にできることを、本当にさりげなく自然体ですること以外にないように思えてならない。そのことが、先行き不透明で、人々の心にゆとりがなくなり、殺伐としている現代の風潮を吹き飛ばしてくれそうな気がする。

 自分自身の日々の在り様も含めて、様々に思い倦ぐねていた時分であったので、時宜を得た事柄を目にし、またしても、伎芸天から細やかではあるが元気をもらったようで、すっと気持ちが軽くなると同時に爽快な気分になったのが心地よかった。夜半からの雨も上り、柔らかい午後の日差しの中で、また機会があったら秋篠寺を訪れようと思った。

七色に輝く月を見る 前生徒会長 長谷川 知 亮

 暗がりをゆっくりと見渡した。そこに座る沢山の人影と共に、胸から腹まで押しつぶすような空気を感じた。心臓が一瞬、大きく深く脈打った。

 百周年。三年間、何度この言葉を聞いただろう。行事の度に幾度と無く言い聞かされるうちに、それは自分にとってそれ程大きなものに感じられなくなっていた。今自分の周りで流れている三年間しか実感出来ないのだから、そう思うのも当たり前と考えるようになっていた。だが、あの時自分は心の底から百年分の重みを悟った。

 記念式典の壇上に立っていた。緊張などしていないはずなのに、腕が肩から小指の先まで震えた。それを隠そうと、僕は心の中で深呼吸をしながら一つ一つ言葉を進めていた。原稿も後半に差し掛かり、敵に思えた重苦しさにも溶け込んでいた。逆に楽しくも感じた。気がつくと、原稿に無い言葉まで口にしていた。挨拶が終わり、拍手を受けながらもう一度顔を上げ、一度小さくまばたきをしてから後ろへ下がった。その後の校歌を、僕はステージの裾で歌った。カーテンの合間から皆の声が響いて来た。聞き慣れた校歌は、いつもの何倍も綺麗に聞こえた。あの日の午後、空に淡い虹がかかったのを皆は知っているだろうか。白雲混じりの青空にうっすらと顔を出していた。ふと横目でそれを見つけた時、この仕事をやって良かったなと思った。

 ところで、僕は月が好きだ。ぼんやり光る、雪野原に柔らかく火を灯したような優しい色が大好きだ。ハワイでは、満月の夜、月の光で虹が見えるそうだ。ムーンボウ〈月の弓〉と呼ばれる、月に架かる幻想的な七色の虹。いつかそれを見てみたい。きっと、お金などでは代えられないものなのだと思う。僕にとって精神的に一番大切なもの、それはロマンだ。見たことのないものを見たい、自分が持つ可能性をギリギリまで広げたい、その一心で生きている。大抵の人間が、一日の大半を「きのう」の諸問題に費やしている。そんな生き方はしたくなかった。前へ前へと、積極的に非日常の中へ新たな自分を求めた。それは生徒会長としての仕事であったり、高校生クイズの全国大会であったりした。非日常が僕にとっての日常だった。

 十余年で培った己の信念に忠実に愚直に生き、その先にあるものを確たる現実として創り上げるのだ。たとえ苦しくとも、春を迎えれば、眼前にこぼれる希望の光が僕達を包んでくれるに違いない。

 僕達はその希望を自らの手で掴むため、この学び舎を巣立つのである。

すみきって美しいこと 新生徒会長 船 木 真 悟

 第九十八期卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。三年間という高校生活は、皆さんにとってどのようなものだったでしょうか。

 自分が、後輩として皆さんの高校生活にお付き合いさせていただいたのは、二年という長い様で短い間でしたが、それでも沢山のことを学ばせていただいた気がします。学校生活、勉強、部活、様々な伝統行事など、多方面において先輩方は自分達のお手本であり目標でした。特に、皆さんと触れ合うことの多かった部活や、全校が一つになって取り組んだ、玲瓏祭、野球の全校応援はとても思い出深いものです。皆さんと過ごした二年間、純粋に楽しかったです。これから皆さんは、それぞれの道に向かって歩んで行かれることと思います。どうか、本校での生活を糧として、夢を叶えることができる様に頑張って下さい。

 さて、これから先輩方の後を受け継いでゆく自分達には、一体何が求められているのでしょうか。本荘高校は今年度、創立百周年という大きな節目を迎えました。来年度、百一年目という新しいスタートを切る自分達には一体何が必要なのでしょうか。

 改めて生徒手帳をめくる時、自分達に必要なこと、それは本高の校標をもう一度見直すことだと感じました。校標として掲げられた「右文尚武・質実剛健・玲瓏同気」という三つの言葉。それは本高生として、本来あるべき姿であると感じました。しかし、実際にはどうでしょう。豊かな環境の中で育ってきた自分達は、この校標が本来持っている意味を理解できていない気がします。自分の好きな本の中に、こんな言葉があります。「科学は人の生活を豊かにしたが、同時に心を貧しくしたのではないか」と。全くその通りだと思います。百年という年月の間に、生活は豊かになりました。しかし、その一方で自分達は高校生としての基本的な心を忘れてしまっている気がします。百年前、本校が創立されたとき、当時の先輩方は、どの様な思いでこの校標を掲げたのでしょう。自分達は、それをもう一度考え直さなくてはいけません。

 去る十月五日に行われた、百周年記念式典で、自分は長谷川前生徒会長のスピーチを聞いて、「自分もこんな風に、会長という重要な役職を務められるだろうか。」と不安になりました。たぶん、百年という、長い歴史の中で積み重ねられてきた伝統を、自分も受け継いでいけるかというプレッシャーを感じていたんだと思います。しかし、今、受け継ぐべきものは何かを考えてみて、それは「本高生の心」であると、自分なりの答えを出すことができました。これからは、それを念頭に置いて、百年間の先輩方に恥じることのない学校にしていきたいです。

 最後に、在校生一同、卒業生の皆さんの有意義な新生活と夢の実現を、心よりお祈りいたします。