2000.1.24読売新聞 学ぶ・育てる
中教審・根本二郎会長に聞く
市場主義、情報通信革命−新たな時代

「教養教育」で人材育成を

多角的に物事を見る力
自主・総合的な判断力
豊かな人間性
倫理観喪失した大人の側にこそ(必要)

 いま「教養教育」の必要性が指摘され始めている。文部省の中央教育審議会が先月出した「初等中等教育と高等教育の接続について」の答申にも、「豊かな教養と高い倫理観」「教養教育の重視」といった言葉が盛り込まれた。答申で教養教育に触れることを強く主張したのが、会長の根本二郎さん(71)(日本郵船会長)だったと聞き、根本さんに「なぜ教養教育か」についてインタビューした。
(解説部 徳永文一)

 根本さんはまず、戦前、戦中の哲学者であり思想家であった三木清の「哲学ノート」を取り出した。終戦直後の旧制静岡高校時代に買ったものだという。薄茶色に変色したその本を開きながら、さらに大岡昇平、椎名麟三、埴谷雄高、大宰治らの名前を出しながら、説明を始めた。
 「戦後十年くらいの間は、人間とは何か、人間性の回復とは何か、ということを追求しようとする雰囲気が強かった。それが(一九六〇年代の)柴田翔の『されどわれらが日々― 』が読まれたころから変わってきた。いまは物質主義と拝金思想の社会に変質した。
 四つの流れがある。市場経済主義が地球規模で広がっている。市場主義は欲望と欲望との交換によって成り立つ。抑制がきかないと自己崩壊しかねない。次は情報通信革命だ。市場主義も情報通信革命も人間性を疎外していく。この陰の部分は今後、いや応なく大きくなっていく。そして人口増殖、日本など先進国に共通した少子化・高齢化間題だ。
 この四つの大きなマグマの中にあって、日本はよほどしっかりした人材を育てていかないと生き残っていけない。誤った個人主義、受験競争一辺倒、科学技術・知識偏重といった教育だけを受けた人間では新しい時代に挑戦できないということだ」

 教養教育の理念、目標とは何か。答申は、
@学問のすそ野を広げ、様々な角度から物事を見ることができる能力
A自主的・総合的に考え、的確に判断する能力
B豊かな人間性を養い、自分の知識や人生を社会との関係で位置づけることができる能力、だとしている。
 教養教育は小中学校や高校でも「道徳」の時間の中で扱われている。しかし、週一時限だけというのはあまりに少なすぎると根本さんは指摘する。大学でもそれぞれ工夫しているが、やはり四年間を通してもっと増やす必要があるという。
 「海外出張の機会などを利用して、その国の大学関係者に、あなたの大学はどういう人間像を求めているのかと聞いてきた。
 北京の清華大学の教授は、知育、徳育、体育に美意識だと言った。感性豊かな柔軟な人間を育てなければいけないと。そして、内外の古典八十冊を読ませることを義務付けていると。孔子から始まって中国の古典、トルストイの『アンナ・カレーニナ』やヘミングウェイの『老人と海』もあった。日本のものはないかと聞くと、一冊だけ川端康成の『雪国』が入っていた。
 韓国のソウル大学の学長にも同様の質問をしたことがある。まず、世界に通用する市民をあげた。次には『品性』だと、そして『韓国式儒教主義』、家族をべースにした連帯であると語っていた。
 日本の一冊として『雪国』の選択には不満だが、アジアのトップクラスの大学では人間形成に重点を置いた教育方針をとっている。日本も情報通信革命だけに関心を向けるのではなく、そういう視点が大切だ。外国人に対しても挑戦できるような教養を持ってこそ国際人といえる」 話を聞いた日本郵船の部屋には油絵が十点近く掲げられていた。すべて自作で、部長時代から始めたのだという。最近は、学生時代に読んだ本を読み直しているが、東西文明の融合に挑戦した夏目漱石には感銘を受けるという。
 しかし、リストラとか就職難が喧伝される時代である。実学優先で、目先の効果に直結しない教養教育に関心は向かうのだろうか。

 「入社試験のときも大学入試でも、教養とか人間性という視点から人物を評価するようになれば変わってくる。企業人にも教養は欠かせない。土光敏夫さんも企業が求める人間として、本人が担当する仕事に対する能力が25%、創造する力が25%、残りの50%は教養だと言っていた」

 日本郵船では、社員を対象に「人間塾」という業務とは直接関係のない学びの場を設けている。塾長は根本さん。大変革期の中で、幅広い視野と洞察力をもった人材を育成するのが狙いだという。
 飯島宗一・元名古屋大学長と西澤潤一・岩手県立大学長が代表の「日本の高等教育を考える会」も先月、「指導階層の資質低下がもたらしたもろもろの不幸を顧慮するまでもなく、各界における真の指導的人材を育成するための高等教育の改革こそ急務」だとして、教養大学を創設するよう文部大臣に提言した。
 根本さんにも、教養教育の必要性は、青少年だけではなく、むしろ政界や経済界にスキャンダルが絶えないような大人の側の問題、社会全体の問題だという認識がある。
 教養教育こそが人生に価値をもたらすのだと実感できれば、豊かな教養と高い倫理観が尊ばれる社会になれば、教養教育は存在感を増し、質の高い教養教育を求める声も高まってくるのかもしれない。根本さんの話はそんなことを感じさせてくれる。

 「国家を愛せと命令口調で言ってもだめだ。家庭を愛し、地域を愛し、そして国家も愛することができる。若い人には古典を一冊でもいいからじっくりと読んでほしいし、勤労と自然の中で遊ぶことの大切さを知ってほしい。
 文教行政では、新たな施策を行ったら結果を評価、検証し、それをまた施策に生かしていくということがなければ、どんな美しい文章の答申が出ても効果はない。いまはその仕組みがない。企業ならつぶれてしまうところだ」