秋田魁新報1998.8.19文化欄

   滞留が魅力の商店

 流通小売業というのは、商品をお客のもとに、効率的に安く届けることを競う仕事である。

 だから、大量仕入れ、人件費の節減、大駐車場の整備などは、流通革命の必然的な結果でもあった。

 こうして、小ぎれいだけれども、個性のない大型商業施設が郊外に次々と誕生した。

 そのため、どこの街でも、中心商店街の衰退が深刻になっている。

 郊外の大型店舗に客を奪われ、空き店舗が増える。

跡継ぎのいない商店では、投資の意欲もわかない。

 ところが生き残り対策のほとんどは、共同駐車場整備にしても、共同店舗化にしても、大型店の後追いに過ぎない。

 流通の効率化だけでは、商店街は大型店に太刀打ちできないだろうに。

 品ぞろえと価格は当然として商店街本来の魅力は、実は流通の合理化とは対極の位置にあると思う。

 商品とお金の交換の間に生まれる、豊かなコミュニケーション。

 一見無駄とも思える人や空間が、街を楽しくする。

 そこかしこに立ち話をするたまり場がある。商売を奥さんにまかせた亭主が、祭りの世話役を務めたりもする。

 流通の効率化でなく、滞留の魅力がそこにはある。

 空き店舗を利用して、小さなホールや広場を設ける商店街。それ自身は売り上げにはつながらないが、こうした集いの空間が、人々を街に引き寄せるかもしれない。

 だが本当は、特別の施設ではなく、それぞれの店が小さな集いの場になるべきだろう。

世間話や自慢話から新しい付き合いが始まる。

中心になるのは、店の名物オバサンや大将。

いつの時代でも、集いの場は、人の魅力がつくりだすのだから。

(角野幸博・武庫川女子大教授)