毎日新聞2001.8.19 深読み日本史 斬る・撃つ 上

日本人は戦争好きな民族か?  

 日本人というものは、根っから戦争好きな民族であり、この半世紀以上続いている平和国家は、たまたま「寝たふり」をしているに過ぎない。彼らが本性を現せば、またまた「大和魂」とか言い出して、再軍備に走るに違いない−−アジアの一部にはこうしたイメージが根強く残ってしまっている。

 彼らの恐怖の源は、近代以降の日本兵の死をも恐れぬ戦いぶりからきているのだろう。陸軍は太平洋戦争の最後まで白兵戦を重視していた。白兵戦とは、刀剣を武器とする兵士同士の接近戦である。「大和魂」の持ち主である日本兵が、日本刀を振りかざして突撃すれば、向かうところ敵なし、といった信仰は「万歳突撃」や「玉砕」につながっていった。

 こうした行動のルーツは、700年近く続いた武家政治の伝統にあるとみられてきた。ということは、武士たちは殺りくと戦のみを好む命知らずの「軍国主義者」ばかりだったのか。「違う」と明確に言い切ったうえ「江戸時代の日本人は、世界史上、誰もできなかった奇蹟的な軍縮を成し遂げた」と高く評価したのが、米国の大学教授、ノエル・ペリンさんである。

 「古い武器が、より強大な新しい武器ヘ移行することは、人類史上の鉄則である。ところが戦国時代の日本は、どの西洋諸国にもまさる鉄砲使用国だったのに、江戸時代に入ると、より古い日本刀の時代に舞い戻った。西洋諸国が17、18世紀に絶え間ない軍拡と世界征服ヘと向かったのに対し、日本人は鉄砲を放棄し、平和ヘの道を歩んだ。核時代の人類は、日本人のこの軍結に学ぶべきだ」と。

 彼のこの研究がl979年に本にまとめられると、米国の多くの新聞、雑誌の反響を呼んだ。『鉄砲を捨てた日本人』として日本語訳も出ている(川勝平太訳、中公文庫、図版も同書より)。

 16世紀に鉄砲が伝来すると、戦国大名たちはポルトガル商人などから競って鉄砲を買い入れた。ついには鉄砲のコピーに成功、日本は非西洋圏では唯一、鉄砲の大量生産国となった。当時、ハイテク兵器だった鉄砲は、一気に戦場の主役に躍り出た。だがなぜ、その日本人が「鉄砲を捨てて日本刀に戻った」のか−−−。

 ぺリンさんはまず「鉄砲量産の歯止めがなくなる」と危機感を持つ武士が多かった点を挙げる。次に島国・日本は、鉄砲に頼らずとも、外国から侵略される危険性が低かった。また、ただの殺人の道具だった鉄砲と違って、日本刀は単なる武器というより「武士の魂」であり、武士の美学を表すものとして神聖視された点を挙げる。

 ところが、こうした日本びいきの著書に対し、日本の研究者からは、ここ十年、異論が相次いでいるのだ。武士は鉄砲のような「飛び道具」を軽蔑して日本刀に戻ったわけではなく、江戸時代も鉄砲の開発や研究を続けていた……。刀から鉄砲ヘ、さらに刀ヘという図式自体が間違っている…。そもそも日本刀が一度でも戦場の主役になった事実があるのか…。さらには「騎馬武者同士のチャンバラ」という戦国の時代劇によくある場面は、実は絵空事に過ぎない、とまで言うのだ。刀と鉄砲の日本史を考えてみたい。          【大島透】