2001.2.5毎日新聞コラム余録欄

 

 死語化したと思っていた丁稚という言葉が、大阪市の天神橋筋商店街でよみがえった。修学旅行などで訪れる中高校生を対象にした「一日丁稚体験」が、なかなかの人気なのだ

▲天神橋三丁目商店街振興組合が一昨年から始めたこの試み、客離れが進む商店街の活性化策の一環だ。組合理事長の土居年樹さん〈63)らから商いの心構えや大阪弁の指導を受けたあと、商店街のお好み焼き店やタコ焼き店などで販売実習をしたり、それぞれの地元の特産品を屋台で売り歩く

▲商売はほとんどが初体験で最初こそ、「いらっしゃい」とか「買うてや」といった掛け声が小さかったりして注意されるが、やがて喜々として「丁稚奉公」に励むようになるそうだ。対面販売の人間臭さに魅力を覚えるのかもしれない。電子商取引では味わえない喜びだろう

▲丁稚といえば、かつての商家で番頭、手代の下にランクされる最下級の従業員。江戸時代には無給で、盆暮れに心ばかりの小遣い銭と衣類が与えられる程度だったという。奉公のつらさに人知れず泣いたり、親元に逃げ帰った少年たちが多かったことだろう

▲一日体験では、そんな悲哀のサワリすら実感できなくても当然だ。封建時代の遺物である奉公という言葉の意味をわきまえる必要もない。懸命に体と口を動かし買ってもらおうと努力すれば、おのずといい結果につながるという教訓さえ得たら、将来大きな財産になるはずだ

▲しかし、奉公という言葉をあえて残したい世界もある。KSD事件とか官房機密費流用問題とかにかかわったご仁らの住む世界。今日からの国会の代表質間では、公に奉仕すべき者同士の、職務の原点を踏まえた論議を期待したいが、はて? 官僚も含め一定期間、丁稚奉公を体験してもらった方が、国民のためになりそうな予感がしないでもない。