2000.9.10読売新聞 地球を読む

 中曽根康弘氏=1918年、群馬県高崎市生まれ。東大法学部卒。

1947年以来衆議院議員連続当選。

防衛庁長官、通産相、自民党幹事長などを歴任し、82―87年首相。

 

国家戦略はぐくめ−改革の時

衰退と混迷からの脱出

 

「日本の味」する教育を

 

 

3つのバブル崩壊

 

 明治維新以後百三十二年、大東亜戦争以後五十五年が経過したが、私はその間の最大の歴史的事件は大東亜戦争であったと思う。明治以来国の内外に於いて幾多の事件を経験したが、その世界史的影響や国家体制の変革等を考えてみると、やはり大東亜戦争が歴史的大事件であると思う。しかし不思議な事には、政界も学界も、あまりこれに触れたがらないようである。

 大東亜戦争は、日本側の歴史的反省点として、一九一五年の大隈内閣の「対華二十一箇条」要求に発する中国政策の失策が根底にあり、更に昭和に入り満州事変以後、日本の政治の漂流、明治憲法の統帥権独立条項による軍部の専横等があった。私は、米英等に対しては普通の戦争であり、中国や南方諸国に対しては侵略的要素を否定出来ない戦争であると言明している。

 今日、ここで取り挙げたいのは日本の国家戦略性の欠落である。先に述べた大東亜戦争を点検して、私は外交四原則を唱えている。@外交は国力以上の事を行ってはいけない。大東亜戦争は明らかに国力以上の冒険であったA外交は賭けであってはならない。大東亜戦争はドイツのヒトラーの緒戦の勝利に幻惑された賭けでもあった B内政と外交を混交してはならない。一部の政治家の政治的思惑や独断で牽引されてはならないC外交は世界史の正統的本流に乗っていかなければならない。ナチス哲学や、その戦略は世界史の正統的本流ではなかった――

 昭和十年頃から十六年の開戦に至る間の日本の政治状況を点検すると、何れの内閣も対中国、対米国の目前の受け身の対応に埋没し、ナチスドイツに次第に牽引されていった。最後は、米国のルーズベルト大統領や英国のチャーチル首相やソ連のスターリン書記長に翻弄された感がなきにしもあらずである。

 

 戦後、一九八〇年代迄、日本は峠を登る上昇の環境に恵まれたが、九〇年代に入り、戦後の四十数年間の金属疲労が禍(わざわい)し、政治・経済・社会の三つのバブルが崩壊して、遣憾ながら衰退と混迷の状態にある。政治のバブルの崩壊が起こり、十年間に九人の総理大臣が出現して、政治も人心も混迷と模索の中にある。経済のバブルが崩壊し、金融機関の危機、不況の長期深刻化が続いている。社会のバブルが崩壊して、犯罪の激増、教育の大改革が必須となっている。政治に於ける経済の優先、社会に於ける道徳の軽視、米国のプラグマチズム、英国の功利主義、フランスの個人主義、ソ連の共産主義等の影響を受け過ぎて、日本の歴史や文化や伝統に根差した社会的規範が後退した結果であり、世紀末の日本の文明病と言えるだろう。

 日本民族の歴史的個性として、外来文明への好奇心が強く、これを受け入れ、長期間かけて固有の規範や文化と調和させ同化させていくことが多かった。バブル崩壊を経て、ようやく日本は今、憲法や教育基本法の改正等が政治的課題となり、伝統的で固有の規範や文化に同化させようとする時代に差し掛かってきたとも思われる。

 

内閣の機能を整備

 

 元来、日本は歴史と文化の堆積による自然的国家であって、戦略性が極めて欠落している。米国は移民が集まり、理想とする憲法を作った契約国家であり、言わば人工的国家で戦略性が極めて強い。中国も共産主義イデオロギーで作られた人工的国家であり戦略性が強い。日本が歴史的に侵略を受けた例は蒙古襲来だけであり、「和を以って貴しと為す」という伝統的国柄は、比較的従順で戦略性が少ないのである。明治以降は西欧に追いつく為の戦略性、大正・昭和は、外交、国防等に、受け身の臨床的処理のための戦略性が多少あった程度で、世界的視野に立った太い大黒柱の様な国家戦略性はなく、それは今日も脆弱である。

 そこで、次に戦略性も含めた国家改革の要点の結論を簡潔に述べたい。先ず、内閣中枢、総理大臣の直属の下に、現在の法制局長官と肩を並べる内閣調査局長官を設置する。勿論、官房長官の統括の下にあるが、民間及び各省から少数の最も有能な局員を配置し、現在、外務省、防衛庁、通産省等に分散している情報を集中し、また、内政、外交上の国家戦略を、四六時中研究策定する。法制局の幹部が四六時中法律問題に専念しているように、常に戦略問題に焦点を集中し考究する。情報の集中と戦略策定については、米国、中国、ロシア等は大規模な組織を政府の中枢に持っており、英国やイスラエルでも優れた伝統的組織を持っている。また各政党も国家から受ける資金の約二割をシンクタンクの調査費に充て、自らの戦略策定機関を整備すべきである。

 

 

専門的人材の基盤

 

 大学の改革も必要である。米国、英国、ロシア等の大学には、国際政治上の戦略をも専門的に研究教育する大学や学部が多い。米国のハーバード大学のケネディ・スクール、ロシアのモスクワ国際関係大学等々である。日本の大学には、この様な学部学科は皆無であり、有力な大学の学部、大学院等に、この様な専門の学問分野を設け、戦略要員を育て、その様な人材層の基盤を拡大する必要がある。

 憲法と教育基本法の改正――この点については、既に政治日程に挙がっているので多言を用いない。従来、日本の政・財界、一般国民等にややもすれば見られる対米依存の風潮、自立と名誉を重んずる見識の曖昧さなどには、国の基本法である憲法の原案が米国から与えられ、国会による多少の修正を経て成立したという経緯による点もある。社会的にも「長いものには捲かれろ」とか現状維持の風潮を生んだ。

 教育基本法は、明治憲法における教育勅語の様に現憲法との一体的関連の下に制定されたもので、その挙げる徳目は普遍性のある適切なものであるが、国家、歴史、伝統、文化、家庭等に対する項目が欠けている。今の教育基本法は、ブラジルにもメキシコにも適応し得る蒸留水の如きものである。日本の水の味がしなければ日本の教育基本法とは言えないであろう。

 安全保障――日米安全保障条約は堅持すべきものであると同時に、今や更に、東アジアの多国間の安全保障協力機構を作る時でもある。また、集団的自衛権の行使の合憲性も認めるべきである。但し、その場合は、国家安全保障基本法を制定して、自衛隊や国家の対米軍事協力に対する国会、政府等による文民統制を明確に規定する。自衛隊の米軍との協力戦闘行動は、日本が侵略、またはその重大な危険がある場合を除いては、他国の領域においては行わないとすべきである。

 外交――北西太平洋地域に、中国、韓国、米国、日本の大統領、総理クラスの定期協議機関を新設すべきである。昨年末ASEAN(東南アジア諸国連合)マニラ首脳会議の後で、中国、韓国、日本の三首脳の会談が行われた。それを拡充、定期化して、信頼醸成、予防外交、紛争処理等の協議機関を設置する事は歴史の必然であろう。いずれ将来は、必要に応じて、北朝鮮、ロシアの加入の可能性も検討すべきである。

 日本は、中国、米国、韓国等とも協議し、北朝鮮が例えばケ小平政策の様な改革開放政策を順次行い、経済と民主化の水準を上げ、普通の国家としてAPEC(アジア太平洋経済協力会議)等にも加入し、アジア太平洋の国際機構の一員として参加することを支持する。その改革開放の結果、万一北朝鮮の政権が危殆に瀕するような場合には、その要請に応じ中国、韓国、米国、日本等で支援する事を考慮すべきである。このことは、朝鮮半島の南北統一は双方の経済、民主化の水準が近づかなければ、平和的に行われる事は難しく、そのための協力なのである。勿論、日朝国交の樹立には日本の主張する懸案解決が必須である。

 中国と台湾の関係については、私は既に五原則を提示している。その内容は、@日本及び米国は、中国との間に締結した友好平和条約、共同宣言等を厳守するA中国は、台湾に対してはあくまで平和統一に徹することとするB台湾は独立や国連加入など、中国を刺激、挑発するようなことを行わないC従来からあった両岸政治を復活して関係の発展を図るD台湾は中国が提示している三通(通商、通航、通信)政策を承認し、その具体化を両岸協議で進める。以上を政府は検討し、自らの政策を明らかにすべきである。

 財政――財政改革基本法を超党派で成立させ、与野党の政権交代の場合でもその基軸は変えないで、国際的及び国内的信用の確保を図る。数年前、米国の民主、共和両党は財政問題で対立し、一時、予算の執行が停止された事があった。その後、両党は超党派的に協議し、西暦二〇〇二年に財政収支の均衡を計る案を成立させた。それが、今日の米国の景気回復、繁栄の一つの要因でもある。約六百四十五兆円の政府、地方の公的債務は、外国に依存していない日本国民に対する債務であるので、利子は払いつつ当分塩漬けとし、毎年の赤字国債発行額(現在は約二十三兆円)を財政改革基本法の定めるところに従い、行財政改革を更に推進し数年でゼロにする。尚この際、首都機能移転の凍結を考慮すべきである。東京への一極集中は止み、財政逼迫という状況の激変、及び従来認められてきた公共事業を大幅に中止しようとしていることも凍結の理由である。

 科学技術――IT(情報技術)革命やDNA研究の前進、宇宙の構造研究等の新しい科学技術の画期的発展が予想される。内閣に新設される「総合科学技術会議」の果たす役割は重大で、研究の促進、影響の波及等、科学技術基本法と相俟(ま)って大きく進展させるべきである。科学技術に関する思想哲学の究明も同時並行的に進められ、科学技術推進の正しい文明的基礎を確立していかなければならない。

 

政治の責任は重大

 

 前述の諸々の施策を推進する政治の責任は、歴史的に見ても重大である。第一に、政府や政党はその政策の理念、工程管理、仕上げ等、明確に国民に解るように打ち出さなければならない。第二に、私が唱えてきた国民による公選首相の出現が要望される。当面現実的には、政党は総裁党首の公選、乃至は予備選挙を行うべきである。さもなければ、責任と指導力を持つ首相の出現は困難であろう。第三は、各政党共に派閥順送り人事等を廃絶して、有能な若手の人材抜擢を断行し、少数の老と大多数の壮青による内閣を作る。首相は、五十歳代中心の壮青より選び、老は首相の相談相手としての要務を行う。大蔵、外務、防衛等の閣僚は、私が安倍外相や竹下蔵相に行ったように、首相在任中は原則として替えず、内外に権威と信頼を保持する必要がある。政党も、最近ソニーその他の民間会社が、最高責任者や幹部を有能な若手から簡抜している事実を見習うべきである。

 最後に、憲法、教育、安全保障、そして財政改革等の問題を考えると、政界の再編は近い将来必至である。政党は現実の権力闘争に埋没せず、従来の既定路線に囚われず、国家国民本位の立場で政策を中心に連合再編の方策を追求すべきである。日本が現在の衰退低迷から脱出し、二十一世紀に蘇生するためには、超党派的に政策を中心とする強力な新政治集団が生まれ、その集団が国民に訴え、国民の熱烈な支持を受ける必要がある。

今やその時であり、国民はそれを待っていると信ずるのである。