2000.11.29毎日新聞オピニオンワイド記者の目

「日本病」どう克服するか

本間俊典(エコノミスト編集部)

 

既得権益の打破急げ

 

求められる理念、気概

 

 

 日本は果たして自己変革できるか――。エコノミスト臨時増刊号「21世紀の日本経済」(11月30日発売予定)の取材を通じて、多くの識者の日本経済論や日本人論を聞いた。詳しくは臨時増刊号を読んでいただければ幸いだが、改めて確信したことは@今は明治維新、敗戦に次ぐ近代日本の第三の変革期にあたるA民主的手続きによって自己変革できるかどうか初のケースになるB既得権益の壁を破らない限り変革はできない、ということだった。

 バブル崩壊後の「失われた10年」を通じて、戦後日本の構造問題に対する共通認識は、ほぼ出来上がったと言っていい。最大の問題は、「欧米に追いつき追い越せ」を目標にしたキャッチアップ型は、半世紀の間に制度疲労をきたし、そこから脱皮して自己創造型の制度に作り替えなければならない。欧米を手本にするのではなく、自ら世界的なデファクトスタンダード(事実上の標準)を作り上げること。三井物産の寺島実郎氏の言葉を借りれば、「世界中から人、モノ、金、情報が集まる魅力的な国」の実現ということになる。

 そのためには、終身雇用・年功序列を基礎にした閉鎖的なタテ割り制度を改め、情報公開を基にした透明性の高い社会が必要になる。税制や教育などに目立つ平等主義の行き過ぎを改め、創造性の芽を摘まない競争社会を実現する。そして、重要なことは、新政策を実施できる政治勢力が要るという点だ。

 経済分野では、すでに構造改革が進んでいる。米国の市場原理型と日本の協調型を組み合わせた「新日本型」とでもいうべき制度を念頭に置き、企業はそれに合わせたビジネス手法に変えつつある。しかし、今のところ、それは国際競争にさらされている産業に限定され、競争原理の働かない政治、行政といった分野が最も遅れてしまった。行財政改革や規制改革のノロノロぶりが象徴的だ。規制改革派のオリックス会長、宮内義彦氏は「既得権益を守ろうとする勢力の抵抗が大きい」と話す。

 今回に限らない。日本の近代史を大ざっばに振り返ると、制度の大きな変わり目では、必ず既得権益をめぐる激しい争いがあった。明治維新の場合、既得権を奪われた最大勢力は旧武士階級だった。維新後、激しい揺り戻しがあり、西南戦争を頂点とする内戦に発展した。当時の日本に限らず、国家体制が未成熟で治安の不安定な国では、既得権争いは暴力的に進むのが普通だ。

 その点、敗戦時は連合国軍総司令部(GHQ)によって、「民主化政策」が強制的に進められた。戦争放棄を含めた新憲法の制定をはじめ、財閥解体、農地解放など、戦後日本の基本政策が次々と実施されたが、それによって既得権を失う旧軍部関係者、地主、財閥などからの表立った抵抗はなかった。

 こうみてくると、現在の制度改革が容易に進まないのは、既得権益を強制的に排除する勢力がないためだ。今の日本は民主主義国家だから、本来なら、それを進めるのは政治だが、政治自体が既得権益争いの場になっているため、断行できない。

 しかし、維新政府やGHQのような強制力ではなく、民主的に枠組みを変えようとすれば、時間がかかるのは仕方がないと思う。それが「民主主義のコスト」だからだ。日本に限らず、英国が「英国病」から抜け出すには20年以上かかり、米国も198O年代は低迷し続けた。

 では、どうやって「日本病」から抜け出すか。弁護士の中坊公平氏の手法がヒントになる。それは、進むべき大義を掲げて果敢に実行するという、ある意味では平凡な方法だが、私はこれしかないと思う。

 バブル以降の日本では、大義や正義といった「青臭い理念」は敬遠されていた。そうした中で、旧住専(住宅金融専門会社)の不良債権回収会社、住宅金融債権管理機構(現整理回収機構)の社長として陣頭指揮にあたった中坊氏は「国民に2次負担をかけない」と宣言して、社員の誇りとヤル気を引き出したのは知られている。「理念や目的を明確にして、目標達成に向けた指導者の気概が伝わらないと、だれもついて来ない」と強調する中坊氏の体験論には説得力がある。

 だから、「日本を変える」と宣言した自民党・加藤派の反乱と沈没は不思議ではない。理念がはっきりせず、加藤紘一氏も気概を欠いたからだ。しかし、民主国家では、こうした動きさえなくなる時が本当の危機なのだろう。それを見越した「日本崩壊論」も盛んだが、世界第2位の経済大国が簡単に崩壊することはない。

 経済改革が進む一方で、無党派層の政治勢力が強まっていることを考えると、日本の自己変革はかなり終盤に差しかかっているように思う。ここで既得権層に対する包囲網を一気に強めることができれば、21世紀の日本再生は早い。