2001.1.8毎日新聞特集ワイド

竹中平蔵慶応大教授(総合政策学部)たけなかへいぞう 1951年生まれ、一橋大経済学部卒。日本海発銀行、大阪大助教授、ハーバード大客員准教授などを経て現職。政府のIT戦略本部メンバーも務める。

 

この国はどこへ行こうとしているのか2001年提言

 

ITというのはフロンティア、

新しい可能性を開くもの。

それを促進するのが競争です。

 

 

 2OOl年初頭。この国を不安が包む。だが、混迷の時代は変革の時でもある。この国はどこヘ行こうとしているのか。IT(情報技術)による活性化を唱える竹中平蔵・慶応大総合政策学部教授に「日本再生」のための処方せんを聞く。

 

 

取引コストをゼロに

 

  ――IT革命の波が昨年一気に広まった感があります。ITの本質は何ですか。

 ◆まず、インターネットとは何かというと、デジタル情報をやり取りするスペースです。文字や画像、音声という情報を数字に変換する、デジタル化することで、安く速く送れるということがわかってきた。IT革命の本質は、デジタルの技術を使って金と時間という取引コストをゼロに近づけようということです。

 ――日本がIT化に後れを取った原因は。

 ◆あえていえば競争がなかったことだと思います。

 デジタル情報のやり取りでさまざまなことができるようになると専門家たちが考え始めたころ、そのためのスぺースはどこにもなかった。そこで電話線に目を付け、とにかく普及しているから実験してみよう、というのがこの10年だった。すると、電子メールが送れる、ホームページが見られる、これは便利だ、と。専用のインフラがあればさらにいろんなことができると考える。そこで光ファイバーなどの高速回線が出てきた。 ところが日本は、高速回線の普及率がアジアの発展途上国などと比べても低い。これには法則性があった。早い段階で情報通信産業を自由化し、競争させていた国は普及率が高く、競争もなく独占に任せていたところは低い。典型が日本です。

 もうひとつは日本人の姿勢の問題です。日本のインターネット利用率は人口の約20%。ある調査によると、アメリカは52%で、香港、シンガポールは約40%、韓国よりも低い。これだけ所得が高く、パソコンを買おうと思えば買えるのになぜか。回線利用料金が高いこともある。しかし、日本人が、どん欲に新しい時代に向かっていくスピリットをこの10年間で失ってしまったことも指摘しておきたいですね。バブルの崩壊で縮み上がり、自分で問題を切り開かずにきた。「失われた10年」に、そういう精神も失ってしまった。

  ――IT化は雇用を減らし、日本型社会システムを覆して不安定化する、という抵抗もあるようですが。

 ◆これは、産業革命の時の機械打ち壊し運動と同じで、明らかな間違いです。あの時に機械を全部壊していたら今日の生活なんか絶対にない。ITというのはデジタル情報のやり取りで効率的になること。効率が良くなるのが悪いなんてことがありますか? 余った人間をどのように活用するかを考えればいいだけで、それはもちろん考えなければだめです。もうひとつは「日本型システム」という言い方。この場合、終身雇用と年功序列を指していると思うんですが、これは戦後にできた非常に新しい制度です。あえて日本型とは何かと考えれば、外国のいいものを素直に吸収してそのたびにふさわしい社会制度を作っていくことです。そこで残る伝統も当然あるでしょう。重要なのは、新しい技術が入って、新しいライフスタイルができることです。

 ――ITは国民運動と言われますが、全員が使うべきだと考えますか。

 ◆使いたくない人は使わないでいいですよ。電話と一緒です。会わなければ話をしないという信念を持つ人はそうすればいい。その代わり高くつきますよ、ということです。デジタル情報を使えばコストを安くするチャンスがある。決して特殊なものではないんです。

 

情報の多元性を保証

 

 ――行政の役割は。

 ◆ITというのはフロンティア、新しい可能性を開くもの。それを促進するのが競争です。競争を進める官僚機構は必要だが、制限する機構は邪魔になる。問題は、霞が関というのは総じて既得権益を守る役割を果たしているという点です。

 ――官僚機構もIT化で変わりますか。

 ◆情報というのは実は一種の権威性を持つんです。典型的な例が宗教改革。教会がなぜ権威を持つていたかというと、聖書を持つているのが教会だけだったからです。それを小出しにすることで権威を保つていた。そこにグーテンベルクの活版印刷という情報革命が起きて、みんなが聖書を持ってしまった。教会に何のありがたみもなくなり、宗教改革につながったわけです。

 これを今のITインフラの議論に置き換えてみる。アメリカではどの程度のコストでインターネットを使っているかということがわかってしまう。いくら郵政省やNTTが頑張っても、なんだこれは、という動きは止められない。その声がマスコミなどで主張され、変わらざるを得ない状況になった。これが本来の民主主義のあり方です。政策決定の情報というのは多元的であるべきで、インターネットはその多元性を保証するシステムでもある。

 ――国民の意識や文化にも影響を与えるでしょうか。

 ◆デジタル社会が変えるものがもう一つある。それは論理力なんですね。隣の人がどうするかを気にするのではなく、論理で徹底的に詰めることです。自分の頭で考えて、自己責任において信じるところを進んでいく。デジタルな世界、特にプログラミングというのは論理の世界で、論理力がないとデジタルなフロンティアは渡っていけないということです。これまで数十年間の日本社会は、この論理というものを徹底的に否定してきた。例えば、新入社員が課長に「このシステムはおかしい」と言うとします。課長は何と答えるか。「理屈じゃない、まあ世の中いろいろあるんだ」というわけですね(笑い)。「社会人は、清濁併せのむ度量を持たないといかんのだ」と。これは論理力の否定で、間違っているものは間違っているわけですよね。

 最近、日本のITビジネスの起業家3人と対談して気付いたことがあるんです。全員がハーバード大MBA(経営学修士)だった。これまで大企業では「ビジネススクールなんか役に立つか」と言ってきた。確かにMBAの課程で教えていることが役に立つかはわかりませんが、少なくとも、彼らはその中で自分で判断し、論理で勝負しなきゃいけないということを体得してきた人たちだと思うんです。

 ――大学教育の場で、最近の学生からそうした変化を感じますか。

 ◆ものすごくあります。日本の若者の潜在能力というのは非常に高い。素晴らしいと思う。ただ、彼らのその可能性をいかに高めるかです。大体企業に入ると全部つぶされる。

 ――若いね、分かっないよ君、と。

 ◆そうです。分かってないのはお前だろうと(笑い)、そう言えればいいんですが。ただ、それにも理由があった。それは日本がフロンティアにいなかったからです。何をやればいいかがわかっていて、あとは共同作業だった。そういう時に跳ね上がった人間はいらない。

 ――自己責任を問われない社会で、新たな挑戦に否定的になっていた、と。

 ◆挑戦したくない人にしない自由はある。しかし、大勝負をしたいという人にはさせてあげるべきですよ。それが自己責任なんです。「おれはしたくないからお前もするな、お前が挑戦したらひょっとして貧富の差がつくじゃないか」というのでは困る。それより、大学に入った時点で格差が固定化する方がよっぽどおかしいですよ。競争というのは、誰にでもいつでも可能性がないといけない。18歳過ぎたら可能性がないというのではだめで、常に競争している方がよっぽど平等です。

 

世代交代の積極推進

 

 ――これから企業はどうすればいいでしょう。

 ◆今までの3倍努力しろということです。それは日本人全員に言えますよ。大変だ、という前に努力しろと。だって大変な時代なんだから仕方ないですよ。世代交代を積極的に進める必要もありますね。

 今はリスク管理が重要な時代です。ところが護送船団方式というのは国が丸抱えしてリスクをなくす仕組みだった。何十年もそうやってきた金融機関の人も今までの3倍勉強しろと。それが普通の対応でしょう。

 ところが、最近の総理府の調査でこういう項目があった。仕事以外の時間で自分の技能を高めるために勉強しましたか?勉強したという人は約9%、11人に1人です。むしろ以前より下がっている。

 ――論理を排除する構造というのは、ビジネスだけでなく政治の場にも存在しています。

 ◆その通りです。選挙でわあわあ言えば何とかしてくれるという意識。今の日本の問題は本質的には景気の問題ではなくて、個々人の所得獲得能力の問題です。先行きが不安なのは将来にわたって所得を得ていく能力がないと感じるからです。

 国会というのは、一生懸命頑張って税金を納めた納税者の代表の場なんです。国会議員は社会で責任を持って生きている人の代表であるべきなんです。景気を何とかしてくれ、商品券ばらまいてくれ、というのは税金を納めていない人の言い分ですよ。政治が、というより国民自身が問題を先送りしていると思います。

      【聞き手・井田純】

 

これだけは、やれ!

一、 IT革命で新たな日本型制度を作れ

一、 自己責任の時代、競争の促進を図れ

一、 IT化であまる人間の活用法を考えよ

一、 デジタル社会の「論理力」を磨け

一、 これまでの3倍努力して勉強せよ